井溝社会保険労務士事務所ブログ

2012年8月 3日 金曜日

事業所が社会保険の手続きを怠った場合の損害賠償責任について(その4)

事業所が社会保険の手続きを怠った場合の損害賠償責任について、事例研究の続きです。

今日は、事業主が資格取得の「届出を怠った」パターンのうち、厚生年金の事例(事例3)を見ていきましょう。


【事例3の概要】
市が設置した区役所の夜間・休日の業務に従事する非常勤嘱託員について区長が厚生年金保険法27条の被保険者資格の【届出を怠ったため】当該嘱託員が厚生年金の受給権を【取得できなかった】損害を、市が不法行為に基づき賠償すべき責任があるとされた。・・・という事例(京都地判平11.9.30)


【事例3の争点】
・被保険者資格の届出を怠ったことが違法か否か
厚生年金保険法27条は、厚生年金の【強制加入の原則】を実現するための方策として、事業主に被保険者の資格の取得等を【義務づけた】ものと解されるところ、強制加入の原則が採られたのは、一次的には、厚生年金の財政基盤を強化することが目的であると解されるが、同時に一定の事業所に使用される労働者に対し、その老齢、障害および死亡について保険給付を受ける【権利を漏れなく付与することもその目的】であると解されるから、事業主による法27条に違反する被保険者資格の取得の届出義務違反行為は、当該【労働者との関係でも違法】との評価を免れないものというべきである。

・責任(故意・過失)の有無
被保険者資格の取得の効力発生は、都道府県知事の「確認」によって生ずるのであって、事業主がする被保険者資格取得の届出は、その【前提たる手続き】に過ぎない。したがって、事業主としては、被用者の被保険者資格有無について【疑義があれば、届出をしておくべき】であって、都道府県知事において被保険者資格がないと判断すれば、「確認」をしない取り扱いになるに過ぎないのである。・・・このように解するときは、法によって・・・届出義務が課せられている各区長等としては、届出を怠ることによって被用者が厚生年金に加入する権利を侵害する結果とならないように【注意すべき義務がある】というべきである。そして、・・・各区長等としては、原告らの被保険者資格の有無について、これを否定する【確たる根拠がない】以上、少なくとも届出はしておくべきであったというべきであるから、これをしなかったことについて【過失がある】との評価は免れないというべきである。

・過失相殺
法は、都道府県知事が被保険者資格の取得および喪失について「確認」をする前提としての都道府県知事に情報を集中する方法として、一次的には、事業者に届出義務を課し(27条)、二次的には、被保険者自身に都道府県知事に対する確認請求の手続きをもうけ(31条)、更に、職権によっても「確認」ができるものとしている(18条2項)。現実には、職権による「確認」は殆ど期待できないから、法は、【事業主の届出と被保険者の確認請求】によって、被保険者資格の取得の発効について【遺漏なきを期した】ものと解せられる。・・・原告らは、各自が本件宿日直嘱託員として認容されたときに、厚生年金保険には加入できない旨の説明を各区長等ないし上司から受けたが、これに対して特段の【不審を持つこともなく】、それ以後、所轄社会保険事務所から被告に対する前記の勧告がなされるまでの間、【確認請求の手続きをとらなかった】のみならず、被告に対し、厚生年金保険への加入について特段の要求、要望、疑問の提出等を【したこともなかった】ことが認められる。・・・そうすると、事業主の届出と被保険者の確認請求によって被保険者資格の取得の発効について遺漏なきを期そうとした法の趣旨に鑑み、原告らが確認請求、その他自分たちの厚生年金保険に加入する権利を保全するための何らかの【行動に出なかった過失】を斟酌し、民法722条により、原告らが被った被害のうち、その7割について被告に賠償を命じることが相当と判断する。


【私的なコメント】
まずは、原告が勝っていますね。
事業所が届出を怠ったことは、公法上、そもそも違法行為(27条の届出義務違反)なのですが、「私法上も違法」との見解が示されています。給付を受ける権利を漏れなく付与する目的を遂げていない(免れた)ということですね。なるほど。
また、法的には事業所は届出義務があるだけ(判断の権限は都道府県知事)なので、勝手に取得させないと判断した事業所の過失が認定されています。

一方で、被保険者資格が無いことに何の疑いも持たず、自分の権利を保全する行動にも出なかった原告にも過失が認定されています。つまり、事例3では、労働者が確認請求をしなかったことが、過失相殺の対象と判断されているということですね。

しかし、現実には、厚生年金の制度に全く無知であった場合で、事業所から「あなたは取得できない人ですよ」といわれれば、素直に「はぁ、そうですか」と了解してしまう人が、結構いるような気がします。
一応、事例3は平成11年判例なので、「最近は労働者も、自分から注意を払わなければいけませんよ」という風潮になってきているということなのでしょうかね。


では、今日はこの辺で。
次回(最終回)は、同じく事業主が資格取得の「届出を怠った」パターンでも、雇用保険の場合はどうなるのか(事例4)を見ていきたいと思います。



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ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。

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投稿者 井溝社会保険労務士事務所

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